France
藤子いざ、憧れのフランス へ! 
長旅を終え、ホテルへ到着!! 
フランスへは日本から直行便で約12時間かかります。  
ふぅ・・・さすがに少し疲れたわ。 
でも明日からいろんなところを周りま〜す。楽しみ
移動は全てバス〜。
ってコラ!クマ子!
いつの間に・・・。
一行古城がたくさん点在す るロワール地方へ。最初に辿り着いたのはシャンボール城!! 
シャンボール城はフランソワ1世が狩猟の為に造らせたお城な の。 

最大の見どころは城内中央のフランス・ルネッサンス様 式の二重の螺旋階段!上る人と下りる人がすれ違わないようになっています!

これ、なんだかわかる?? 駅なのよ。かわいいでしょ?? 
なんだか街並すべてがおとぎの国のよう・・・ 
(o^o^o)
シュノンソー城。  

このお城は何代も女性が城主として君臨してました。  
その中で最も有名なのがアンリ2世から城を贈呈された愛人( なんと、19歳も年上だった!!)ディアーヌ・ド・ポワティエと王妃カトリーヌ・ド・メディチの確執!! お城の中を見ただけで、どれだけすごかったかが手に取るようにわかる!

まず、最初に目につくのは お庭の広さ。 ↑はカトリーヌのお庭。 
ピンクのお花が咲いていてとてもかわいいでしょ??しかー し!!お城正面から見て左側にあるディアーヌのお庭は倍くらい広くて、しかも噴水までついているのよ!! 
こんなふうにお城の中にもいろいろあるのよ。カトリーヌはか なり辛い思いをしていたみたいです。カトリーヌはイタリアのメディチ家出身!イタリアから単身フランスにやってきたはいいけど、この扱いかい?!嫌 だー!! 

<ちょっぴり裏話> 
この頃フランスにはフォークとナイフを使う文化はまだありま せんでした。そこへ、カトリーヌがフォークとナイフをイタリアから始めて持ち込んだそうです。 
他にも女性が馬に横乗りする方法やお菓子など、カトリーヌは それまでフランスになかった様々な文化をフランスに持ち込んだと言われています。 

※ イタリア・メディチ家 = もともとは薬問屋。 ボッティチェッリ、ラファエロ、ミケランジェロなど自由な創作活動をバックアップして、ルネッサンスを開花させた。

少し早起きしたので朝のお 散歩へ
ここはホテルの横玄関 (?)
   
フランスといえばバラで しょう(笑)
世界遺産!!ブルターニュ 地方にある「モン・サン・ミッシェル」へ。 
「モン・サン・ミッシェル」とは『モン=山 サン=セイント (聖) ミッシェル=ミカエル』っていう意味らしいわ。(大天使ミカエルの山ってことね)
「モン・サン・ミッシェ ル」へ続く河川敷にてめずらしい花発見!!
ノルマンディーのひつじ “プレサレ”。 
身体が黒くて小さいの。
※ モン・サン・ミッシェ ルの中央にある修道院は708年、ノルマンディの大司教オベールが、3度にわたり聖ミカエルのお告げを受け、この地に小さな礼拝堂を建てたのが始まり。そ の後11世紀から約500年かけて増改築が繰り返された。
   
ドーン!!
ドドーン!!
   
バーン!!
(あ!なんかBGM が・・・) 
バラはバラは〜♪
オスカルー!! 
ってなわけでヴェルサイユ宮殿でございます!! 
広い!!でかい!!きゃー!!
お庭です。噴水がいっぱい あります。
そしてやっぱり・・・
広!! (* o *;)     
どこまで続いているのぉ〜〜〜〜〜 

ここを貴族の方々が馬車でお散歩したそうです。(そ りゃ歩いては行けんよな・・・) 
ここには王妃の散歩道と呼ばれる道があり、そこを真直ぐ行く とマリー・アントワネットが別邸にしたプティ・トリアノンへ辿り着きます。

お庭から見た宮殿でーす。
   
彫刻がいっぱい!!
ここにも!!
噴水ひとつでもこんなに  
おっきい!!
花壇へ移動〜
かわいいお花がいっぱ い!! 
色も形もいろんなのがあります!! 
しかもすごいきちんと手入れされています(あ!当然?!)
パリのノートルダム寺院  
ディズニー「ノートルダムの鐘」の舞台!! 
中で、解説のアナウンスらしきものが流れているのですが   なにせ英語なので・・・ (〜_〜;) 
でも、「カジモド〜」って言ってた!そこだけわかった(笑)  

※ ノートルダム寺院 
セーヌ河に浮かぶシテ島に立つ聖母マリア信仰の寺院。 ヘンリー6世、ナポレオン・ボナパルト、シャルル10世の戴冠式が行われた場所。美しいバラ窓のステンドグラスは有名!

カジモドが鳴らした鐘は南塔にある。(「カジモド」= ヴィクトリア・ユーゴの小説『ノートルダム・ド・パリ』に出て来る鐘付き男。ディズニー映画にもなった。)
 

   
コンコルド広場です。  

エジプトのルクソール神殿から運ばれたオベリスクが目 印です。 
ここはルーブル宮から凱旋門に続く直線上にあります。

   
1775年ルイ15世の時 代に完成。 
ルイ15世広場と呼ばれていたが、フランス革命後(1972 年)には広場にギロチンが設置され、革命広場に改名。 

ルイ16世、マリーアントワネットなど1343人がこ こで処刑された。 
1795年まで、処刑が続いたのち、コンコルド(融和)とい う名になった。
 

またしてもでかいです。  
なんだこれ?なんだこれ? 
凱旋門ー!! 

この凱旋門はナポレオン・ボナパルトがオステルリッツ の戦いで勝利した栄光をたたえる為に建てさせたものでーす。 
しかーしナポレオンは生きてこの門をくぐることはありません でした。(悲しいやねー) 

ここでポイント!! 
凱旋門=フランスだと思っていませんか?? 

凱旋門とはもともと古代ローマ時代に多く建てられたも のです。 
ということは凱旋門の元祖はイタリアなんですねー。

イタリアには今でも古代 ローマ時代の凱旋門が数多く残っています。 
かくいう私もイタリアでイタリア人に「凱旋門はフランスじゃ ねーよ!!イタリアのものだよ!!」とフォロ・ロマーノ(古代ローマの政治の中心だった場所。遺跡がたくさん残っている)で熱く語られるまで知らなかっ た・・・ (^_^;)
(いや、こんな言い方じゃなかったけど(笑))
   
凱旋門周辺はとにかく広 い!(いや、フランスはどこもかしこも広いんだが・・) 
凱旋門から伸びているのが『シャンゼリゼ通り』!!  
ここから調子に乗ってマドレーヌ教会まで歩いてしまった!← バカ 
でも気持ち良かったよー 
おーシャンゼリゼ〜♪ってね
   
ダイジェストでお送りいた しましたが「フランスの旅」皆さんいかがだったでしょうか?←誰? 
まだまだいろいろいいところはいっぱいありましたフラン ス!! 
魅力いっぱい!フランス!! 
また必ず行ってやる!!(笑)
= Photos & Writings by AIMU = (2003.8月)
   
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